富岡製糸場

片倉工業に勤めていた大学時代の同級生の案内で、今話題の富岡製糸工場を見学してきた。すでに昭和62年に操業を停止しているが、今回世界遺産として登録されたことから再び脚光を浴び、群馬県の新たな観光名所となっている。
父が勤めていた紡績会社同様、工場敷地内に寄宿舎、社宅、診療所などを備え、工場自体が一つの生活圏を形作っている。女工哀史とは無縁のかなり恵まれた職場であったようだ。
明治5年の操業当初、フランス人技師を迎え、フランス式操糸機を導入しており、フランスが絹産業の先達であったのは意外であったが、なるほど蚕糸は中国から欧州にもたらされた後、遅れて日本でも近代的な産業振興が図られたということである。
今年の大雪で乾燥場の屋根が崩壊していた。世界遺産として古い建造物を維持していくのは大変だ。
今日の一句「脂乗り 庶民の味の 鰯かな」