青島幸男「人間万事塞翁が丙午」

久しぶりに面白い小説を読んだ。東京の下町の風情を、なめらかな掛け合いの中に映し出した女将さんの奮闘記であるが、昭和の激動の中にたくましく生き抜く庶民の目から書き記した歴史書でもある。当時の商い人たちの日常における多彩な表現が、まるで歯切れのいい落語を聞かされているように、次から次へとリズミカルに出てくる。
著者の青島幸男はこの小説の舞台となった日本橋堀留町の仕出し弁当店・弁菊の次男として生まれた、とある。従って、この小説は彼自身の自伝でもあり、また彼だから書けた小説だとも言えよう。
私の父は既に亡くなって8年も経つが、そして小説のような商売をしていたわけではないのだが、時代の背景が重なり、妙に感傷的に思いだされる。