集団的自衛権

集団的自衛権の行使を認めるかどうか、最近新聞記事が大きく取り上げるようになった。賛成する人の背景には、尖閣諸島南シナ海での中国の支配欲求と軍拡への懸念がある。しかし、中国へ対峙するのに集団的自衛権行使が必要かどうか、加えて、過去の戦争は日本に非あらずと靖国参拝を行う安倍首相個人の信念に流されていないかどうか、今一つ国民的議論が乏しい現状を懸念する。
政府の挙げる行使容認例は、抽象的・観念的である。行使容認で米国軍を守るというなら、米国の仕掛けたベトナム戦争アフガニスタンでの戦争に、日本も自衛隊を派遣して参戦させるべきであったと考えているのであろうか。
中国や北朝鮮との軍事的なトラブルに、米軍が日本に加担する保証もない。米国の仕掛ける戦争が、必ずしも平和に貢献する訳でも、日本のためになるという訳でもない。だとすれば集団的自衛権行使容認後に、唯々諾々と米国に追随することなく、自らの立場を米国と対等に日本は交渉できなければならない。こう見てくると、ふがいない外務省になりかわって日本を守ってきたのは、現憲法のお陰であったように思うのだが、、
今日から1週間ほど気分転換にカナダへの旅に出ることにした。季節の変わり目で、どこまで防寒対策をすべきか迷うが、参加者に年寄りの多いツアーだから無茶な事はするまい。添乗員の指示に従っていればいいのだから気楽な旅である。
今日の一句「初つ夏に 路傍の花も 衣替え」