教授の質

昨日のブログでは、若手研究者にもっと研究投資をとの京大の先生の意見に共鳴するコメントを書いたが、朝日新聞の耕論なるページで「教授の資質」をテーマに3人の先生がそれぞれ意見を述べておられた。教授の採用基準や評価にあたって、学位の有無、研究業績、教育者としての能力、などの点で大きく意見が異なっていたが、そもそも同じように大学と称しても学問的真理探究の場なのか、学生を社会に送り出すための教育機関なのかで教授に期待される内容が異なってくるのは当然であろう。ノーベル賞をもらった優れた研究者が、あまりに身勝手な振る舞いに同僚の研究者から嫌われている話を聞いたことがある。このような教授は研究業績がいかに素晴らしくても、教育者としての期待は持てない。
最高学府といえる大学と専門学校レベルの大学とでは、教授の役割も異なる。それぞれの大学の特色をはっきりさせ、それに対応した教員を採用すればよい。しかし他方で、すべての学生や教授を同列の肩書とするには抵抗がある。進学率が56.8%にもなり、大学数も教員数も過去最高の増加となっている現在、学士や教授の身分に何らかの区分やランク分けがなされてもいいように思うがどうだろうか。